あの有名な”Boys be ambitious”の言葉には大切な続きがあった。

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北海道の有名人としてこの人を知らない人はいないだろう。”Boys be ambitious”(青年よ、大志を抱け)と言う言葉を残して札幌を去ったクラーク博士だ。

もっともこの短いフレーズには続きがあることを知っている人は少ない。札幌市の羊ヶ丘展望台にあるクラーク博士の銅像の下にあった英文。

Boys be ambitious

Be ambitious not for money or for selfish aggrandizment, nor for that evanescent thing which men call fame. Be ambitious for knowledge, for righteousness, and for the uplift of your people. Be ambitious for the attaintment of all that a men ought to be.

青年よ、大志を抱け

お金や自分の地位のためではないもののために、名声といったはかないものではないものために大志を抱け。知識や正義のために、そして隣人の向上のために大志を抱け。一人の人間がすべき全ての到達のために大志を抱け。

(訳 美らうさぎ)

クラーク博士は北海道大学の前身の札幌農学校を創るためにアメリカから招へいされたのだが、その精神の基礎になっていたのはこの言葉から分かるようにキリスト教的な世界観であったようだ。

最近読み始めた聖書には知識の大切さや隣人愛などが書かれている。

クラーク博士は実際、キリスト教教育を札幌農学校で行なっていたらしい。その影響を受けて内村鑑三や新渡戸稲造といった北海道大学出身の著名人もクリスチャンであったようだ。

33ADB0FE-1217-4DD2-BF91-EBA67ADCFE62.jpeg聖書には羊の話も時々出てくるが、ここ羊ヶ丘公園にも羊が放牧されていた。初雪が舞う寒さの中、暖かそうなシーンにほっこりした昼下がりの出来ごとだった。

 

 

 

 

天地創造と1/fのゆらぎ

読みたい本が無くなったので、荷物の中にひっそりと残っていた聖書を最近読んでいる。私はクリスチャンではないが、これは以前勤めていた勤務先の大掃除の際に捨てられていたものをもらったものだ。

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クリスチャンでもない私がなぜ聖書に関心を持っていたかと言えば、この2年間の読書体験と外国人との関わりに関係している。ニーチェの強靭な精神力やドストエフスキーの心理描写には必ず神が登場する。その原液が聖書に書かれていると思ったからだ。

また外国人と付き合う中で彼らの考えの背景にあるバックボーンを知るためには聖書が役に立つと思うからだ。イスラム教徒とクリスチャンの諍い、ユダヤ人がイスラエルを建国した理由と中東紛争など聖書を知ることで背景が見えてくる。

その聖書は旧約聖書と新約聖書から構成されている。キリスト誕生後の新約聖書は日本人にも馴染みが深いため理解しやすい。今は旧約のはじめの部分を読んでいる。

その旧約聖書の創世記に書いてある「天地創造」を読んだ時、宇宙の始まりが小さなゆらぎであったことを書いてあった科学者の本のことを思いだした。『世界はゆらぎでできている』(吉田たかよし著)によれば、宇宙の始まりは138億年前に起きた無の中に生じた小さなゆらぎであったらしい。その直後のインフレーションで空間が急激に引き伸ばされ、ビッグバンが起きた。最近話題の超ひも理論が宇宙誕生の解明のカギになるようだ。

もっともその1/fのゆらぎを発生させたのが神の仕業なのかどうかまでは科学はまだ解明していない。

世界で永遠に語り継がれる聖書に対する人類の挑戦。私は科学的に解明された知らない世界を生きている間にもっと知りたいと思う。これらは果たして罪となるのか?

 

 

 

 

フロムの『自由からの逃走』再読。

最近は新しい本をあまり読まなくなった。なぜなら新しい本は既存の本の焼き直しというか、過去の思想や哲学が現代風に書き直されているだけだと気づきはじめたからである。

だからこれまで読んできた本の中で心の琴線に響いた本をもう一度読んでいる。今はエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を読み直している。

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フロムは第二次世界大戦の時にナチスに追われた社会心理学者。ナチスに傾倒する人間がどのようにして生まれたのか、精神分析学の観点から素人にも分かりやすく解説してくれている。

中世以前に人は個人ではなく、社会的なしがらみから抜け出せない全体の一部であった。土地に縛られ身分が固定されていた。人には絆という安定感と帰属感があり、孤独な存在ではなかった。

ルネッサンスを契機に人は個人になっていく。資本主義の発展とともに上層階級と中産階級、下層階級といった身分が現れ、個人は自由と引き換えに次第に孤独になっていき、特に中産階級の個人が不安定になっていく。

孤独に陥った個人には不安感や恐怖心、絶望感などが生じる。伝統的な宗教では救われなくなった中産階級に癒しを与えるためにルターやカルバンによって宗教改革が行われた。これにより中産階級が上層階級に持つ敵意や羨望はプロテスタンティズムとともに生産的な力となっていく。もっともそこにはサディズムとマゾヒズムといった支配と被支配という関係があった。この関係を政治に使ったのがヒットラーだった。

自由がもたらす孤独に耐えられくなった個人は権威や超自然的なものや国家に救いを求めるようになるか、自分で考えることを放棄しシステムの一員として多数派に所属することにより束の間の安心感を得ようとする。しかし、これは表面的な解決にしかならないと著者は言う。つまり、こういったマゾヒズム的な努力は個人が自己から逃れることで、自由の重荷から逃れる行為に過ぎないからだ。

では、どうすれば個人は自由の重荷に耐えることが出来るのか?それは「自我の実現」にあるという。これは全統一的なパーソナリティの自発的な行為のうちにある。小さな子どもや芸術家にはこれが見られる。「汝自身を知れ」というソクラテスの名言はここにも生きてくる。

一方、他人から期待されている役割を演じているうちにはこの自我の実現はない。生命は成長し伸展し諸能力を表現しようとする内在的な傾向を持っているが、それが妨害されると個人は孤独に陥る。さらに懐疑や孤独感や無力感に打ちひしがれると破壊性や権力、服従を求める衝動へと駆り立てられる。

戦後日本はアメリカにならって自由な国を選択した。社会の中産階級が消えつつある今、フロムの示した科学は日本社会が抱えている病理にも適用できそうだ。

 

 

 

 

札幌ドームのPVで意識がフローした。

ラグビーW杯が盛り上がっている。先月札幌でも試合があったため、ラグビーをこれまで知らなかった私も関心を持つようになった。テレビ観戦が多かったのだが、昨日は札幌ドームでパブリックビューイング(PV)に参加した。テレビで見るのとは異なる臨場感と他の観客と一体になれるところが面白かった。日本代表を応援していた私の意識は気がつけばフローに至っていた。

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フロー研究の第一人者のミハイチクセントミハイによれば、フローとは「一つの活動に深く没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態」をいう。そして、フローに至るには①挑戦的な目標、②活動への意識集中、③自意識の消滅、④直接的なフィードバックが必要である。

昨日のラグビーの試合に当てはめると

①日本代表と力が拮抗しているスコットランドに勝ってベスト8に行くという目標。これは無理のない挑戦的な目標だ。もし相手が倒せない相手か極端にレベルの低い相手だとフローは起きない。なぜならフローは挑戦と能力のバランスの狭間で起きるからである。

②ルールを少し覚えたおかげで観戦に集中できた。試合中は後ろの席の雑音が消えたほどスクリーンにくぎ付けになっていた。

③PV会場では他の観客との一体感が楽しい。点を取られた時のため息、トライを奪った瞬間の高揚感、祈るような残り時間の防御。日本に勝って欲しいという願いで自意識は消え、会場と思いが一つになる。

④スポーツの観戦は勝つか負けるかというとても分かりやすいフィードバックがある。昨日の試合はベスト8出場という結果がかかっていたので、余計にフローに近づけたのだと思う。

急遽決まった昨日の札幌ドームのPVは大成功だったと思う。このように市民の意識がフローしやすいような政策を次々に行って欲しい。なぜなら消費ではフローは生まれないからだ。快楽とフローは異なる。挑戦する機会がある社会が幸福感を作り出せる社会と言えそうだ。

北海道に来てビックリしていること。

北海道に来て3カ月。まだ冬を経験していない私だが、こちらに来てこれまでの人生で経験したことがないビックリすることがいくつかあった。今日はそのいくつかをご紹介したい。

●札幌は道が広くて内地の感覚では横断歩道が渡りきれないこと

85F03909-6988-412F-8395-18A6E946052A.jpeg道幅が広いのと車線が多いため本州の感覚で横断歩道を渡っていたら赤になってしまう。これは冬になると除雪の影響で車線が一つ潰れてしまうかららしい。また道幅が広いためかスピードを出している車が多い。信号は無理をしないで渡ったほうが無難だ。信号機が横ではなく縦向きなのもビックリした。

●公園に熊注意の看板が普通に立っている

A1701718-56CB-434D-99CE-3D15152BB87E札幌には大きな公園が幾つもある。都会の中に自然があるのはとてもありがたいこと。しかし、自然に近すぎるためか熊注意の看板が普通に立っている。熊よけの鈴を付けて公園散策している人がいるのに驚いた。南区では住宅街に熊が出たというニュースも。

●歩道、車道や駐車場が砂利のままの場所がある

これは冬になるとどうせ雪で覆われてしまうためいちいちアスファルト舗装しないという話だ。一年の3分の1近く雪がある北海道では舗装をしないというのも合理的なように思う。

●地下歩道が凄い

すすきの、大通りから札幌にかけての広い範囲に地下歩道が整備されていて、その直線距離は1900m。この長さは東京や大阪を抑えて堂々の全国1位。地下歩道ではお店があったりイベントが必ずどこかで行われている。札幌の人は地下歩道をチカホと愛称を込めて呼んでいる。

●部屋には必ずヒーターが付いている

AE64B900-2E14-45B3-9239-6705DB832D6E.jpegホテル暮らしや部屋探しをしている中で気づいたのは各部屋に必ずヒーターが付いていること。ちなみにヒーターには都市ガス、灯油、プロパンガスがあり、都市ガスが一番経済的でプロパンは費用がかかるようだ。家賃は安くても暖房費が半端なくかかるので注意が必要だ。灯油式の場合は建物の外に巨大なタンクが備え付けられており、各部屋の使用量によって料金が割り当てられるらしい。自分で灯油を買いに行く必要がないのにビックリした。

これらは雪の中での生活を快適に過ごすための工夫だ。初めて迎える北海道での冬。期待と不安が交錯している。

直感かデータかの二者択一ではなく。

札幌に創世スクエアという公共施設がある。そこは本の貸し出しは行なっていないのだが、新刊本が読めるので最近よく利用している。二人の医師が書いた本を読んでいた。

FFE6EBE1-3A21-414A-BA5C-0DB0667FA4BF.jpeg一つは『ファクトフルネス』(ハンスロリング著)。この本を読もうと思ったキッカケはここ最近書店で一番売れてるように思えてたから。

内容は統計学に近い。データに基づき事実を見極めようというもの。我々が事実と思っている様々な事柄が実は色眼鏡を通して見ていたりメディアに洗脳されていたことに気づかされる。例えば世界人口が永遠に伸び続けていくような錯覚を覚える「直接本能」。グラフの形は直線だけでなく、様々な形がある。どのグラフになるのかを見極める冷静かつ論理的な判断が大切だと学んだ。

5FDA0B5C-1757-4BC6-AD70-2F8881EDA7D6.jpegもう一冊は『チーズはどこへ消えた?』(スペンサージョンソン著)。これは2000年代初頭に一度読んだことがあったのだが、内容を忘れていたので再読した。先週の日経の「私の本棚」の中で紹介されていた一冊でもある。

変化に対して本能的に反応するネズミと変化を受け入れられない人間の寓話。直感を信じて変化に果敢に挑戦する者がハッピーエンドを迎えられるというお話。当時は小泉総理の「変革か、死か」と二者択一を迫る劇場型政治の真っ盛りだったことを思いだす。

データを重視するのか直感を信じるのか、優秀な医師でもこのように主張する意見が異なるのだから凡人の私はどちらが正しいのか判断に迷うところ。ただ直感(本能)を信じて北海道に来てから色々あったこの2カ月、人生で大きな判断をする場合はなるべく多くのデータを集めてから判断したほうがいいように思う。それは就職先の離職率や財務内容だったり、道内の雇用情勢であったり(実際入って見なければ分からないことだらけなのだが…)

うーむ、直感かデータいずれが大切なのか結論は未だ出ない。今言えるのはどっちが正解ということではなく、どちらも正解でまた間違いもあるということか。

私は経験しながら学ぶしかない。

 

札幌には古時計がよく似合う。

8D1A878D-25AE-4BC7-9A43-1923F043A324.jpeg札幌市時計台は言わずと知れた北海道の観光名所だが、ビルの谷間にひっそりと佇む姿にちょっとがっかりしていた。

それはこういった歴史的建造物を中心に街が作られていないことを残念に思うからだ。

2E9804D8-FF6B-4A72-8D77-96F795F954A0今は大通公園に立つテレビ塔の中段にあるデジタル時計がシンボル的だ。昭和の時代に発展した札幌はこの大通公園を中心に街が作られていて、何もかもが直線的である。道路にしても地下鉄にしても人工的な直線によってこの街は作られている。それは無駄を廃し、合理性を追求した時代の流れに沿ったものだったのだろう。

CC9A83DA-3E21-4BA5-9E0A-C0F7D3335CE8.jpegすすきのから南に下ったところにある中島公園にあるレトロなこの建物。豊平館と呼ばれいる明治13年築の洋風建築物。元々は今のテレビ塔があった場所辺りにあったそうだ。当時は高級ホテルとして使われていて明治天皇や皇太子も滞在したことがあるそうだ。

E837478C-A2E3-408A-AF6C-795958CA3C95.jpegその豊平館に入ると大きな古時計と螺旋階段が出迎えてくれる。この空間に入ると時間がゆっくり流れているように思えた。

札幌は東京を小さくしたような街。しかし、アナログが奏でる時計台の鐘の音を聴くと札幌はアナログ時計がとてもよく似合う街だと思う。スマホで待ち合わせの相手とすぐに連絡が取れる今の時代。時計の下で待ち合わせをしていた時代が懐かしい。